少子高齢化が進む日本では、年金財政の悪化や労働力不足が深刻な問題となっています。
厚生労働省はこれらの課題に対応するとして、「厚生年金保険料の上限引き上げ」を中心とした、働き方や年金のしくみを見直す法案を2025年の通常国会に提出し、2027年ごろから段階的に制度を変えていく方向で調整中です。
その中でも特に注目されているのが、
と、
です。
しかし、こうした改正には
そもそも年収798万円は本当に高所得者なのか?
これ以上、若者世代や世帯の負担増を繰り返して良いのか?
など、さまざまな議論や疑問の声が上がっています。
今回は、数々のお金の相談をしてきた私「ねくこ」が、これらの法案に関する問題点や議論点をわかりやすく説明します。
「厚生年金保険料上げ」改正の主な内容は?
高所得の会社員を対象にした厚生年金保険料上限を引き上げ案
現状の上限
- 厚生年金の保険料は、月収(標準報酬月額)によって32段階に区分されます。
- 現在の上限は「65万円」で、それを超える収入分は保険料の対象になりません。
厚生労働省は、社会の変化に合わせて年金制度を見直すため、複数の改正を検討しています。
まず、高所得会社員の厚生年金保険料の上限を引き上げる案では、収入がどれだけ多くても、これまでは月収65万円(標準報酬月額)までしか保険料の計算対象に含めませんでした。
つまり、「月収65万円でも、月収100万円でも、月収1,000万円でも、厚生年金保険料は変わらない」というのが現状です。
新たな上限
- 2027年9月をめどに、上限を「75万〜98万円」に引き上げる案が検討されています。
- 賞与(ボーナス)は含まず、年収ベースで798万円以上の人(賞与を除く)が対象となる見込みです。
- 月1万〜3万円程度、本人の保険料が増えることが想定されます。
しかし、今回の案をかみ砕いて説明すると、2027年9月をめどに、厚生年金保険料の上限を「月収65万円」から、「月収75万〜98万円まで」あたりを上限を拡大していきたいという方向です。
これらが実施されると具体的には「賞与を除く年収798万円以上の人」が対象とされ、この年収レンジに該当する人の個人負担が月1万〜3万円程度増える見込みとなっています。
厚労省の目的
- 高収入層からさらに保険料を徴収することで、年金財政を支えたい考えです。
- 負担が増える代わりに、引き上げ後の保険料を納めた期間に応じて、将来受け取れる年金額も増える可能性があります。
増収分は年金財政を改善するために活用される計画ですが、高所得者にとっては負担増となる一方、その間に多くの保険料を支払った分、将来受け取れる年金額も上乗せされるとされています。
しかし、この点に関しても、多くの国民が懐疑的になっている点も見逃せません。
日本という国の見通しや、「どうせ親世代ほどには優遇されない・・・」「保険料や税金が上がり続けて今の生活が苦しいのに」「努力してキャリアアップしても報われない」といった点も含め、
という意見が一定数あることは間違いありません。
在職老齢年金制度の見直し
- 現状
働きながら一定以上の収入を得る高齢者は、年金の一部または全部がカットされます(在職老齢年金)。 - 改正の方向性
2026年4月をめどに、年金を減らされる人を減らし、満額受給者を増やす方向で検討中。具体的には、50万円から62万円に引き上げる方向で調整しており、高齢者の就業意欲をそがないようにするのが狙いです。
次に、働きながら年金を受け取る人に適用される在職老齢年金制度については、2026年4月を目安に改正が予定されています。
いまの仕組みでは、一定以上の収入があると年金の一部、あるいは全部が減額されてしまうため、「せっかく働く意欲があっても年金を減らされるなら」という理由で働く時間を抑えたり、早めに仕事を辞めたりする高齢者も少なくありません。
厚生労働省は、こうした制度が高齢者の就業意欲を下げていると判断し、より多くの人が年金を満額で受け取れるように基準を緩和する方向です。
この制度は「今後の人口減少に伴う労働力の低下を高齢者層で補いたい」という意図が見え隠れする一方、若者や働き盛りの世代から見ると、次のような疑問や不安を抱くこともあるでしょう。
まず、「高齢者が年金を満額受け取りながら長く働けるのに、自分たちは社会保険料や税金の負担が増え続けている」という不公平感が生まれる可能性があります。
若い世代や子育て世代は、少子高齢化の進行によって年金や医療など、将来的に社会保障の恩恵を受けにくいと感じている人も少なくありません。
そうしたなかで、「高齢者の収入をなるべく減らさない」という制度改正は、一方的に年長者を優遇しているように映り、いわゆる「シルバー民主主義」と感じることもあるのです。
また、高齢者が長く働き続けることで、若年層の就職や昇進の機会が狭まるのではないか、という懸念も出てくるかもしれません。
実際には、高齢者が担う仕事と若年層の仕事は必ずしもバッティングしないケースも多いのですが、「企業がコストをかけて若い人材を育てるより、経験のある高齢者を雇い続けたほうが効率的だ」と考える職場もあるかもしれません。
そうなると「若手のキャリア形成機会が妨げられるのでは」という不安につながります。
一方で、
「高齢者の労働力を生かすことで、結果的に社会保障費を抑えられるのではないか」
「働く高齢者が増えれば、若年層の保険料負担が将来的に軽減される可能性もあるのではないか」
といった、肯定的かつ希望観測的な見方もあります。
要するに、この「在職老齢年金の改正」は多面的な問題をはらんでいます。
若年層と高齢者の両方が納得できる制度設計にするには、単に「長く働きたい高齢者を支援する」だけでなく、若い世代の不安や不公平感にも配慮した議論が求められるでしょう。
遺族厚生年金の受給要件を男女平等に
- 現状の男女差
遺族厚生年金の受給要件には、実は現状でも男女間で微妙な違いがあります。 - 改正の目的
2028年4月からは、20〜59歳の配偶者(18歳未満の子どもがいない場合)について、男女とも原則5年間の有期給付とする案です。男女差をなくし、公平性を高めます。
また、2028年4月からは、遺族厚生年金の受給要件を男女ともに同じ基準に合わせることが計画されています。
これまで、配偶者が亡くなった場合の年金支給については男女間でわずかな違いがありましたが、新たな案では、
が、検討されています。
こうした制度変更により、遺族年金における男女差をなくし、公平性を高めようとしています。
パート労働者の厚生年金加入拡大
- 現状の企業規模要件
従業員51人以上の事業所など、一定の条件を満たすパートタイマーしか厚生年金に入れません。 - 改正の方向性
2027年10月にこの企業規模要件を撤廃し、より多くのパートタイマーが厚生年金に加入するようにする方針です。
さらに、パート労働者の厚生年金加入を拡大する改正も盛り込まれる見通しです。
現在は、従業員51人以上の事業所で働いているパートタイマーなどが厚生年金に加入しやすい仕組みになっていますが、それ以下の企業では加入できる条件が厳しいという問題がありました。
そこで2027年10月に、この企業規模要件を撤廃するという方向性を示しています。
これにより、中小企業や小規模事業者で働いているパートタイマーも厚生年金に加入しやすくなり、老後の所得保障を手厚くできると期待されています。
しかし、こちらもパートタイマーさんや、企業側の保険料負担が増える以下のような懸念も指摘されています。
まず、企業にとっては、パート労働者が厚生年金に加入すると企業側が負担する保険料が増えるため、上記の高所得者の厚生年金保険料の拡大とも併せ経営にかかるコスト上昇が避けられません。
皆さんの厚生年金保険料は、企業と被保険者で半々にして納めているからです。
特に、資金繰りに余裕のない企業や、「負担増によって人件費を抑える必要が生じ、その結果としてパートの労働時間を減らす、あるいは待遇や募集を抑えるしかなくなる」という事態に陥る可能性があります。
こうした企業の声としては、「社員やパートの待遇を良くしたくても、余裕がなくて実行できない」というジレンマが大きく、経営体力ある大企業との待遇差が一層進んでしまう遠因にもなります。
一方で、パートタイマー本人にとっても、厚生年金に加入することで将来の受給額が増えるというメリットがある反面、毎月の保険料が引き去られるため、手取りが減ってしまうという問題があります。
「家計のやりくりが厳しいから、まずは少しでも多く手取りを確保したい」「厚生年金の価値はわかっていても、今すぐの生活費が必要」というパートタイマーにとっては、保険料負担の増加がすぐに好ましいとは限りません。
結果として、所定の週労働時間を減らすなどして、あえて厚生年金の加入ラインを下回ろうとする人が出てくる可能性もありますし、恐らく多くの人がそうしてしまうことになるでしょう。
パート労働者の厚生年金加入拡大は、長期的に見れば多くの人の老後を安定させる重要な施策といえますが、それが実際に機能するためには、中小企業への支援や手取りが減ってしまうパートタイマーへの十分な説明や配慮が不可欠です。
たとえば、中小企業向けの助成制度の充実や、パートタイマーが将来受け取れる年金額と現時点の負担とのバランスを納得できるように示す工夫など、各方面へのサポートと情報提供がセットになっていなければ、加入拡大の狙いが裏目に出てしまう恐れもあるでしょう。
働く側、雇う側、国の三者が連携しながら、お互いの不安を解消していくことが求められています。
そもそも「年収798万円」は高所得なのか?
厚生労働省の改正案では、年収798万円以上が高所得者の目安とされています。
しかし、実際に「798万円」が本当に高所得と言えるかどうかは意見が分かれます。
- 平均年収との比較
日本の平均年収はおおむね400万円~450万円程度(年代や調査機関によって異なる)とされています。中央値と平均値の違いを鑑みても、798万円は平均よりは高いのは事実です。 - 生活実感とのズレ
しかし、都市部で家賃や養育費などの支出が多い環境や子どもの多い家庭にとっては、手取り額や可処分所得が思ったほど多くないとの声もあります。高所得者だからといって無理なく支払えるとは限りません。 - 上昇志向や努力が報われる社会であるべきか?
「収入が増えたら増えたで負担が重くなる」という構図は、現実的に多くの人が助かる一方で、努力やキャリアアップへの意欲をそぐのではないか、という懸念もあります。
厚生労働省が「年収798万円以上」を高所得層と位置づける改正案を示していることは、数値だけで見れば平均年収を大きく上回るため、間違いなく高い部類に入ると言えます。
しかし、実際に798万円が「本当に余裕のある収入なのか」と問われると、住んでいる地域の物価や家賃水準、子どもの有無などによって可処分所得は大きく変わってくるため、一概に高所得とは言い切れない面があります。
数々のお金の相談実績がある立場からも、いくら表面的な年収が高くても、都市部で住宅ローンや家賃が高額であったり手取り額が意外に少ないと感じる人が多いことは事実です。
高所得者は社会保険料や税金の負担も比例して重くなっていくので、「平均より上だから十分だろう」という認識だけでは、生活実感との乖離が大きくなりやすいのです。
また、「収入が増えれば増えるほど負担も増大する」という構図は、(ある程度は避けられないにせよ)若い世代の上昇志向やキャリアアップの意欲をそいでしまうリスクがあります。
本来であれば、収入を伸ばしたり仕事で成功を収めたりすることは、個人の幸福感だけでなく、経済全体の成長にも寄与するはずです。
ところが、努力の成果に見合った恩恵が得られないと感じる人が増えれば、結果的に消費活動が萎縮したり、家庭を持ちにくいと考える人が増えたりする可能性も考えられます。
そして、こうした懸念は、社会保険料を上げざるを得ない原因になっている「少子化」や「人口減少」といった問題にもつながりかねません。
人口減少と経済力の関係はさまざまな分析があるものの、働き盛りの世代が十分に豊かさを実感できず、子育てをためらったり晩婚・非婚の道を選んだりすれば、結果的に出生数がさらに減って社会全体の活力が落ちていく「悪循環」を引き起こすおそれがあります。
とりわけ高所得層に対して大きな負担を求める制度設計になれば、負担感の強い人たちが「これ以上のステップアップを目指す意義があるのか」と考えるようになるかもしれません。
続く「現役世帯の負担増」は本当に避けられないのか?
「年金改革」をめぐる議論では、高所得者をはじめとする現役世帯の負担増が重要な論点の一つになっています。
政府は「財源が足りない以上、やむを得ない」と説明しますが、本当に今以上の負担増しか選択肢はないのでしょうか。
本当に無い袖は振れないのか、さらなる少子化を促進する悪循環の道を進んでしまわないかは、私も含め誰もが知りたいところでしょう。
少子高齢化が進むなかで、これまで以上に高まる社会保障費の負担をどう分かち合うかは、私たち一人ひとりの生活設計や将来像にも深く関わる問題です。
なぜ負担が増え続ける?
そもそも、厚生年金保険料を含む社会保険料の値上げムーブの背景にあるのは、「少子高齢化による社会保障費の膨張」です。
年金はもちろん、医療や介護といった分野の費用も右肩上がりに増えており、政府は「財源が不足している」という見解を繰り返し示しています。
つまり、
という主張です。
しかし、「本当に財源は足りないのか?」という疑問は根強く存在します。
「税金の無駄使いニュース」が流れるたびに(その無駄が全体のどれだけのボリュームかはさておき)、国民はますます
膨大な国の予算の使い道を再検討し、他の分野の支出を削って年金財源に振り向けることはできないのか
経済の成長や消費の活性化による税収増を期待できるのではないか
といった、「代替案を求める声」や「議論」があがるのは必然です。
政府の主張する「やむを得ない負担増」が果たしてどこまで妥当なのか、知りたいけれど教えてくれないブラックボックスが大きい中で、可能な限り検証していく必要があるでしょう。
本当に財源はないのか?
「財源がない」というフレーズはしばしば耳にしますが、それは国全体の予算配分を固定的に見た場合の話ともいえます。
防衛費や公共事業費、あるいは各種補助金など、(どれも必要なものではありますが)国家予算の組み替えを行えば、少なくとも一部の財源を年金関連に回すことは可能ではないか、という指摘もあります(もちろん、それがベストプラクティスかは分かりませんが!)。
「税金は財務省、社会保険料は厚労省」といった管轄の違いによる「縦割り行政」が関係していないと言い切れない部分もあります。
また、昨今話題になっているマニフェストのように、「負担を減らして個人の可処分所得を増やし、消費や投資を活発化させることで経済成長を促し、その結果として税収が上がる」という考え方もあり、一概に「足りない」と結論づけるのは早計かもしれません。
もちろん可能性という範囲ではあるものの、家計に占める年金保険料や税金などの強制的な支払いが減ることで、個人が自由に使えるお金が増えれば、消費が刺激されて企業の収益が伸び、さらなる雇用や投資を生む可能性があります。
そのサイクルで生まれた利益が再び税収として国に戻り、結果として社会保障の財源を確保できるというシナリオも、理論上は描けるわけです。
もちろん、実際にどの程度の効果があるかは慎重な検証が必要ですが、少なくとも財源の確保に「負担増」しか道がないとは言い切れません。
負担増ばかりの社会でいいのか?
負担増の議論が長期化するなか、「また現役世帯が支えるのか」という閉塞感が広がっているのも事実です。
少子化が深刻化する背景には、子育てにかかる経済的・心理的負担の大きさがあると指摘されています。
もしも、これ以上現役世帯の負担ばかりが強調され続けると、「家族を増やそうと考える余裕なんてない」と結論づける人が増え、結果的に少子化がさらに進んでしまうかもしれません。
こうした悪循環が加速すれば、ますます社会保障費の財源が不足するという「負のループ」に陥りかねないでしょう。
そもそも法案の背景にある「少子化」が進み、未来の世代はさらに大きな負担になる可能性すらあるのです。
その一方で、「今の現役世代がある程度負担を引き受けないと、将来の年金が破綻してしまう」という危機感をもつ人もいます。
長い目で見れば、今しっかりと拠出しておかないと、自分自身が高齢者になったときに十分な年金が受け取れず、「あのとき負担を拒んだからこの事態を招いた」と後悔するリスクもあるわけです。
難しいのは、どの世代にどの程度の負担を配分するかというバランスの問題や取捨選択であり、全世代・全員が納得できる「正解」を探り出すのは不可能に近い難しさと言えます。
【まとめ】今後のスケジュールと議論の行方
今回、議題にあげることが検討されている法案をまとめると、
- 2025年 通常国会で法案提出へ
厚生労働省は1月24日に開会する通常国会で年金改革関連法案の概要を示し、3月以降の法案提出を目指しています。 - 2026年4月 在職老齢年金の緩和予定
働く高齢者の年金減額ルールを和らげ、より多くの人が満額受給できるようにする方向で調整中です。 - 2027年9月 高所得会社員の保険料上限引き上げ
収入が多い人への負担増を図り、年金財政を改善する狙い。月収75万〜98万円のラインで最終決定されるとみられます。 - 2027年10月 パート労働者の適用拡大
企業規模要件を撤廃することで、中小企業で働くパートタイマーもより幅広く厚生年金に加入できるようにする方針。 - 2028年4月 遺族厚生年金の男女差解消
男女平等のため、子のない配偶者の受給期間を有期5年とする案で調整中です。
と、なっています。
今回の年金改革は、少子高齢化が進む日本社会の行く末を左右する大きなテーマです。
一見「高所得者への負担増」として捉えられがちですが、並行して進める案も含め、働く高齢者や遺族年金の男女格差、パート労働者の保障拡大など、多方面にわたる影響が含まれています。
- 「そもそも798万円は高所得者なのか?」
個人の生活状況や地域によって受け止め方が異なるため、単純には割り切れません。 - 「上昇志向や努力が報われない社会でいいのか?」
キャリアアップすればするほど負担が増える仕組みは、経済活性化の観点からも程度の議論が必要です。 - 「負担増を繰り返すばかりでよいのか?」
本当に財源がないのか、消費を喚起して税収を増やす戦略は考えられないのか、など代替案の検討も重要です。
私たちが老後に受け取る年金や、日々の生活、家計に深く関わるテーマだからこそ、ニュースや国会審議での議論の行方を注視し、「どういう負担と恩恵のバランスが望ましいのか」を考えていく必要があります。
国民一人ひとりが意見を持ち、声を上げる、つまり選挙に行いって審判することで、より納得感のある制度をつくることにつながるでしょう。